忍者ブログ
話題についていけるように勉強します。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

レプリカだからといってバカにしてはダメですよ。完成度の高い車は、オリジナルのオーナーが常用車として購入するケースもあるんですから。

まずは昨年末に発売された、アタカエンジニアリングの「HFR2000 TypeII」からどうぞ。ご覧のとおりランチャ・ストラトスのレプリカです。165psのトヨタ3S-GEを積み、車両重量はなんと850kg。オリジナルはフェラーリ&フィアットDINOのV6エンジンを積んで190ps・980kgというスペックでしたから、かなり近いトコロにあると思いませんか?
(ヤフートピックス)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080204-00000001-giz-ent

■豆知識 ランチャ・ストラトス
世界ラリー選手権(WRC)で勝利することを目的に開発されたホモロゲーションマシンである。

車名のストラトスは、「成層圏」という意味の"stratosphere"(あるいはイタリア語のstratosfera)からの造語であるとされ、"STRATOS"と表記される場合が多いが実車のロゴをよく見ると"STRATO'S"となっている。これは他社が所有する商標権に配慮したためであるといわれている。

フェラーリ・ディノやフィアット・ディノに使われたものと基本的に同じ、フェラーリの2418ccのV6エンジンをリアミッドシップに横置きし、後輪を駆動する。ただ、ギア比が極端なクロスレシオに設定されているため最高速は200km/hに満たないとされる。

当時の常識では、ラリー競技はあくまで市販車両をレース用に改造して出場するものだった。グループ4も市販車両の競技用特別仕様を想定したものである。しかし、ランチアはグループ4のホモロゲーション取得のための生産義務台数が「連続24ヶ月間に500台」と少ないことを利用し、サーキットを走るような、リアミッドシップにエンジンを積んだレーシングカーをラリーに持ち込んだのである。

ただ、グループ4の承認は1974年10月におりたものの、審査の時点では規定台数(500台→400台に変わっていた)を製造するための部品がある、または発注済みである、というレベルでしかなく、実際に生産済みであった台数は規定台数には程遠いものであったうえに、プロトタイプや競技用車両すらその数に含まれており、実際に規定台数が製造できたのは80年代に入ってからだった、と噂される。このような生産台数に関する疑わしさは、グループB時代のラリー037やデルタS4においてもつきまとった。

ランチアはストラトスその他で1974、1975、1976年の世界ラリー選手権製造者部門のタイトルを獲得した。(1974年はフルヴィアやベータ・クーペでのポイントを含んだ結果)
世界ラリー選手権での初勝利は、グループ4ホモロゲーション取得直後の地元イベント、1974年サンレモ・ラリー。
最後の優勝はフランスのプライベートチーム、シャルドネによる、1981年ツール・ド・コルス。

(ウィキペディアより引用)


日本酒 販売特集
秋田 日本酒特集
バレンタイン 日本酒特集
日本酒 すず音特集
山形 日本酒特集
日本酒 カクテル特集
日本酒 熱燗特集
日本酒 辛口特集
日本酒 甘口特集
日本酒 立山特集
スパークリング 日本酒特集
ひろき 日本酒特集
日本酒 真澄特集
日本酒 度数特集
日本酒 幻特集
お勧めリンク
ブログ新着情報
悩み解決方法情報センター

PR
大人気アイテム
これで勝負!
名物特集
最新記事
r-1
(02/13)
(02/13)
(02/12)
(02/12)
(02/12)
(02/12)
(02/12)
(02/12)
(02/12)
(02/12)
(02/11)
(02/11)
(02/11)
(02/11)
(02/11)
(02/10)
(02/10)
(02/10)
(02/10)
(02/10)
(02/10)
(02/09)
(02/09)
(02/09)
(02/09)
バーコード
ブログ内検索

Copyright © [ 話のネタ帖 ] All rights reserved.
Special Template : 忍者ブログ de テンプレート
Special Thanks : 忍者ブログ
Commercial message : [PR]